• 防災知識

真に学ぶべき教訓は実体験にある

 想定外の巨大地震。一通りの防災知識は身につけたつもりでも、体験なき者にはリアルにその状況を想像することすら難しい。

『本当の教訓』は、たいてい教科書には載っていない。我々が知っている知識は、その時どれだけ役に立つものなのか?

 

 この連載では、ベストセラー『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』、『ふたたび、ここから』を執筆したジャーナリスト池上正樹とフォトジャーナリスト加藤順子が、実際に被災地を取材する中で感じた、さまざまな「被災地のリアル」を伝える。

そこから「被災するという事」をリアルに感じ、その日のために大切な教訓を学びとってほしい。

 

第5回 踏切のリアル

 いくら犯罪件数が増えたとはいえ、日本人の『ルールを守る意識』=遵法精神の高さは、世界でもトップレベルだ。

 

見渡す限り、車が一台も走っていない見通しのよい交差点で、歩行者用赤信号を守って立ち止まる日本人を、外国人はいぶかしむ。

 

戦後70年近く『平和憲法』を金科玉条に守り続けているのも、日本人のたぐいまれなる遵法精神のなせる技なのかもしれない。

 

東日本大震災後の秩序だった日本人の行動に世界の賞賛が寄せられたことも、記憶に新しい。

 

 ……しかし、である。

 

非常事態には、普段の常識は通用しない。

ルールを守ることが、逆に『あだになる』こともあり得るのだ。

 

 『ルールを守る』だけでは足りない。

 

『そのルールは何のためにあるのか?』、そのルールが作られた理由やルールの仕組みについても、日頃から意識しておくことが、大災害時のサバイバルにつながることもある。

あの日の回想 「危機一髪だった……」

 命の危険が差し迫っているのに、つい日常の交通ルールを守ってしまうのは、日本人の生真面目さからくるのだろうか。

 

「危機一髪だった…」

 

 そう振り返るのは、岩手県山田町の仮設住宅に住むAさん(58歳)とB子さん(53歳)夫妻だ。2人は20年余り前から一緒に、牡蠣やホタテの養殖を行ってきた。

 

 海から10メートルほどのところにある自宅は、6部屋からなる2階建ての大きな家だった。

海岸沿いの作業場までは、歩いて5分ほどの所にある。

2人は、毎朝5時に作業場へと向かい、夕方5時まで仕事していた。

 

 あの日、B子さんは自宅、Aさんは作業場にいた。大きな揺れが収まって、目の前の海を見ると、潮が渦を巻いていた。

 

 Aさんは近所の人たちに「逃げろ!」と声をかけながら自宅へと向かった。気づくと、すでに足首の辺りまでヒタヒタと水が来ている。

「やばい!」と思って、近所の住民の運転する1台のバンに、妻ととともに4人で乗り込んだ。

遮断機はずっと下がりっぱなし

 同町を横切る国道45号線沿いの市街地から、高台にある指定避難場所の小学校へと向かうには、JR山田線の数少ない踏切を渡る道しかなかった。

 

ところが、その行く手を阻むように、踏切の遮断機はずっと下がりっぱなしになっている。

その手前の道路は、遮断機が上がるのを待つ何台もの車で渋滞していた。

 

「地震が起きた時間は、ちょうど宮古から釜石へ向かう列車が来る頃だったので、近くに立ち往生しているのかもしれない」

 

そう思ったAさん夫妻が後ろを振り返ると、大きな津波がすぐそこまで迫っていた。

 

運転者の住民が意を決したようにアクセルを踏み込むと、車はセンターラインを越え、遮断機を強行突破。そのまま一気に坂道を駆け上がった。

生かされたのかなと思う

「車はもう少しで津波に追いつかれるところだった。

踏切が開くのを待っていた車はみな、飲みこまれたよ…」

 

 たまたま避難したビルの屋上から、一部始終を目撃していた知人からそう聞かされて、Aさん夫妻はゾッとしたという。

 

 津波の後、踏切を含め、町は丸3日間燃え続けた。

津波によって道路沿いのガソリンスタンドが爆発し、次々に延焼したのだ。

 

「生かされたのかなと思う。

海辺に再び街をつくるのなら、線路の上を交差して高台へすぐに逃げられるよう、広い道路を整備すべきだ」

直感を信じて身を守れ!

 JR東日本は、仙石線の全線復旧にあたり、最も被害の大きかった陸前大塚から陸前小野にかけて、これまでのルートから500~600メートル内陸部に移設。

 

遮断機が下りたままになって車の渋滞を招き、避難の障壁になった教訓を踏まえ、7カ所あった踏切をゼロにして、道路はすべて立体交差にする方針を決めた。 

 

 踏切は停電時には原則、遮断機が下りる設計になっている。

 

今後、予想される東海や南海トラフなどの大地震の際、日常の交通ルールに捉われることなく、自分の直感を信じて、身を守ることを最優先に対応していくことが必要だ。

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