• 東日本大震災

陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第13回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(8)

原子炉上空でのホバリング不能

 「おっしゃる事は分かりました。至急、検討します。

われわれとしては、ヘリを使って上空から投下する方法が、最も現実的だと考えていますが、原子炉上空の状況が全く分からない。

こうした事故の場合、原子炉上空の放射線の状況はどうなっているものなんでしょうか?」

 

放水するにせよ、ホウ酸を投下するにせよ、原子炉上空の被曝線量が作戦の可否を、そして実行する隊員の生死を分ける。

 

火箱陸幕長の最も知りたいポイントだった。

 

「放射性物質というのは、割り箸を立てたように、ある一定の高さまでは、まっすぐ立ちのぼります。

そして、ある一定の高さに達すると、線香が風で流れるように水平に漂って行きます。」

「それじゃ、風下から進入しちゃ危険だな…」

 

「そりゃ、そうです。」

 

そもそも、飛行機にしてもヘリにしても、およそ航空機と言うものは、『風見鶏』と同じように、自然と風上に機首を向けるように設計されている。

 

小さな標的に水やホウ酸を落とすとすれば、『ホバリング』して狙いを定めるしかないが、最も安定してホバリングできる姿勢は、風下から進入して、機首を風上に向けている状態だ。

 

風上から進入して、追い風を受けるとホバリング状態で機体が安定しない。

 

「難しいな…」

『八方ふさがり』の状況

「それじゃ、放射性物質が水平に漂い始める高度はどれくらいなんですか?」

 

「それは、……分かりません。」

 

「……」

 

当然ながら、『割り箸』の高度が低ければ低いほど、原子炉建屋にヘリが近づきやすく、目標に命中させる確率は高くなるわけだが、その接近可能高度すらも分からない。

 

まさに『八方ふさがり』。

航空自衛隊が毎日、福島第一原発2号機の建屋を上空から撮影していたが、その航空写真を見ると、2号機建屋の天井がわずかに変形し、亀裂が入っているようにも見える。

 

もし、2号機にヘリからホウ酸を投下しようと思えば、この『亀裂らしき部分』から入れるしかない。

 

ただし、かなりのコントロールが必要だ。

 

『放水』なら、テレビの映像で多くの人が目にしたような『バンビバケット』と言われるヘリ用消火バケツを使うが、固形のホウ酸を投下するとなると、ヘリに機材などを吊るす『スリングネット』と呼ばれる装置にホウ酸の入った袋を積載して、ヘリから落とすことになる。

 

ヘリで上空からホウ酸をピンポイントに投下するとすれば、かなり低空でホバリングする方法しか考える余地はなかった。

日本列島が南北に分断される

 火箱は、陸幕幹部とのミーティングの席上、松村五郎陸幕人事部長(当時)に尋ねた。

 

「一体、福島第一原発の中はどういう状況になっているんだ?」

 

松村は、東大工学部原子力工学科を卒業して陸上自衛隊に入隊すると言う異色のキャリアを持つ自衛官で、原子炉に対する基本的な知識がある。

 

「もし、経産省がそんな風に言っているとすれば、原子炉の中ではすでに『ブジュブジュ』ってなっているというか…」

 

「なんだ?その『ブジュブジュ』って?」

 

「ですから、燃料棒が過熱して、いわゆる炉心溶融=メルトダウンを起こしているのかもしれません。」

 

「……」

 

「それが、圧力容器や格納容器も溶かして外に出ればメルトスルーと言う状態になるわけで……」

 

「そうするとどうなる?」

 

「場合によっては、大規模な爆発につながり、放射性物質を大量にまき散らし、福島が壊滅的に汚染されるどころか、最悪の場合は日本が南北に分断される事態も、可能性としては…」

最悪のシナリオ 2号機へのホウ酸投入

 火箱は、喉の奥に苦いものがこみ上げてくるのを感じた。

 

まず、官邸から要請されている3号機と4号機の燃料プールに対する放水を実行する。(4号機も15日に水素爆発を起こし、建屋が損壊している)

 

このオプションは、危険を伴うとはいえ、実行部隊が無事生還できる可能性は高い。

 

次に2号機と4号機に対するホウ酸投下。

 

放水より危険度は高くなるが、建屋が損壊している4号機へのホウ酸投下は、それでもまだ安全に遂行できる可能性がある。

 

しかし、建屋の天井が開いていない2号機へのホウ酸投入は…。

 

2号機へのホウ酸投下については極秘裏に陸幕内部でのみ検討する決心を火箱は決めた。

 

それはある種の『決死隊』を意味する可能性があるし、陸上自衛隊が『最悪のシナリオ』に準備するためのオペレーションを検討していることが外部に漏れれば、日本中がパニックになる。

 

「だけど、あいつには直接 自分の口から話しておかなければいけない。」

 

火箱は実行部隊の最高指揮官である宮島CRF司令官に連絡すべく受話器をとった。

 

             (次回につづく)

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