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陸自史上最大の作戦 東日本大震災

陸上自衛隊 現在の実員数 約14万人。
創設から58年の歴史の中で史上最大の作戦は、言うまでもなく「東日本大震災への災害派遣」だ。
のべ派遣人員1066万人、派遣期間291日間、犠牲になった隊員は5名。
福島第一原発上空で放水する陸上自衛隊のヘリコプターのテレビ映像に釘付けになった人も多いだろう。
メディアで刻一刻と状況が報じられる裏側で、陸上自衛隊に何が起き、どのように作戦を遂行していったのか?
当時の陸上自衛隊トップ 火箱芳文前陸上幕僚長が2年近く経った今、「史上最大の作戦」の真実を語り始めた。

第14回 プロメテウスの希望 ゼウスの怒り(9)

王城寺原演習場でのホウ酸投下訓練

 火箱は、朝霞の中央即応集団(CRF)司令部にいる宮島CRF司令官に経産省官僚の話をし、2号機へのホウ酸投下作戦を説明した。

 

「場合によっては、厳しい任務がくるかもしれないから、準備しておけ。」

 

「分かりました。」

 

宮島は表情ひとつ変えず淡々と答えた。

 

一方、市ヶ谷防衛省では、15日午後2時から開かれた担当の幕僚たちによる原子力災害対処チーム会議の結果を受けて、作戦準備の方向性が決定された。

 

「福島第一原発3号機、4号機の燃料プールへの放水、または2号機、4号機へのホウ酸投入(4号機へはホウ酸水の投下も含む)などができるよう準備を進める。」

 

 この決定を受けて、実行部隊では放水用のバンビバケット、ホウ酸投入用のスリングネット、スリングロープ等の機材の準備が始まった。

命令してください

 陸上自衛隊で、ヘリ放水(ホウ酸投下?)作戦の準備が着々と進められている15日午後4時。

 

北澤防衛大臣は、折木統幕長を伴って首相官邸へ行き、菅総理とヘリでの放水を含めて福島第一原発対処について協議している。

 

 席上、菅総理がヘリ放水について「どう思うか?」と尋ねたのに対し、折木統幕長は答えた。

 

「どう思うかと聞くのはやめてください。具体的に命じて頂ければ我々はやります。」

 

この頃から、それまで「蚊帳の外」にあった自衛隊に対して、菅総理の信頼感が急速に高まっていく。

 

「折木さんが来るとイラ菅の機嫌がよくなる」

 

次第に官邸スタッフの間でそんな噂が立つようになっていった。

まだ上空から放水する段階ではない

 15日午後5時05分。

陸幕の兒玉運用支援班長からCRFの小倉防衛部副部長に「CH-47でのホウ酸投下は準備のみ」との連絡が入り、宮島に報告された。

 

実行部隊では16日の作戦実施に向けてすべての準備が整えられようとしていた。

 

 しかしその一方で、約1時間半後の午後6時40分に北澤防衛大臣は市ヶ谷防衛省での記者会見の席上、「官邸から自衛隊にどんな要請があったのか?」との記者の質問に対し、こう答えている。

 

「まだ自衛隊が上空から(冷却水)を落とすという段階には至っていません。地上から放水し、その成果を見極めて、やや収まってきた段階で大量に上空から落とすというようなことになれば、その任務は遂行するということです。」

 

「地上からの放水の後に空中放水」という微妙なニュアンスは、何を意味しているのか?

国家の命運を決するに十分な重さ

 最初に陸上自衛隊が福島第一原発へのヘリ放水を打診されたのは、3号機爆発事故が起きる前日の13日だった。

 

官邸の伊藤哲朗内閣危機管理監から、統幕を通じてCRFに「3号機が危機的状態なのでヘリからの放水を検討してほしい」との要請があった。

 

しかし「ヘリ放水は新たな爆発を誘発しかねない」とのリスクを説明し、一旦は「沙汰やみ」になっていた。

 

ヘリからの放水は、上空から7.5トンもの水を一気に原子炉に落とす作戦だ。

 

その際の水圧で原子炉内部などが損傷すれば、水蒸気爆発が発生し、最悪の場合、上空のCH-47もろとも原子炉に墜落しかねない。

 

そうなれば、福島第一原発は完全にコントロール不能の大爆発に陥る可能性が高い。

 

このまま放置すれば福島第一原発は早晩メルトスルーを起こしてチェルノブイリのような事故を招く可能性があるが、ヘリ放水作戦が失敗すれば、一巻の終わり。

 

隊員の生死どころか、失敗すれば大多数の国民も道連れ。

 

「ヘリ放水作戦」は、成功しても失敗しても、この時点では、この国の命運を決めるに十分過ぎる重さを持っていた。

 

だからこそ作戦決行か否かの最終的な判断は、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣に委ねられたのだとも言える。

午後10時31分 富士山直下で震度6強の余震

 15日午後10時31分。

翌日のヘリ放水作戦を控えて、さまざまな思惑が錯綜し、騒然とした1日の終わりに地震が襲った。

 

つけているテレビから地震速報が流れた。

 

M6.4 最大震度6強。震源地は静岡県東部。

 

後に火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣会長が、「ああ、これで富士山がついに噴火するんだな、と思った」と述懐している富士山直下の余震だ。

 

東日本大震災の直後、M9.0の巨大地震によりバランスを失った日本列島では各地で大きな余震が頻発していた。

 

しかし、完全な『東北シフト』を敷いている陸上自衛隊には、東北以外のどこかで大規模災害が起きても、十分な災害派遣ができる人員的余力はもう残されていなかった。

 

実際、12日に北澤防衛大臣の地元、長野県北部で震度6強の余震が発生したが、満足な対応をとれていない。

各地で大きな余震があるたびに、火箱は胃が痛むのを感じていた。

 

この時も、火箱はいささか胃の痛みを感じながら、関口東部方面総監に電話をかけた。

 

「どうだ、静岡に出せる部隊はあるか?」

 

「今出せるとしたら、もう富士の教導団ぐらいですね…。」

 

東部方面隊の作戦基本部隊は第1師団(東京・練馬)と第12旅団(群馬・相馬原)。しかし第1師団はすでに茨城・千葉の災害対処に、第12旅団は東北へ派遣されており、後方支援部隊も東北への補給支援にかりだされていた。

最終作戦方針決定

 15日深夜。刻一刻と変化する状況を総合し、最終的な作戦方針が統幕・陸幕から第1ヘリコプター団に伝えられた。

 

「16日の福島第一原発対処については、4号機への放水を優先して行なう」

 

この指示を受けて、実行部隊の指揮官 第1輸送ヘリコプター群長 大西正広1佐は、翌朝出動する隊員を先に休ませ、一人 徹夜で具体的な作戦計画を書き上げた。

 

被災地での人命救助、行方不明者の捜索、被災者支援、そして悪化の一途をたどる福島第一原発事故対処。

 

地震発生から4日後の深夜、すでに陸上自衛隊はその戦力のほとんどを投下し尽くし、もう一つでも何か大きな事態が発生すれば、万全の対応ができなくなるギリギリのところに立たされていた。

 

                    (次回につづく)

 

 

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