• 歴史

東日本大震災が起きてから、日本の歴史が震災という新たな角度で注目されるようになった。

 

M8.0クラスの大震災
富士山の噴火
大飢饉を招いた気候の寒冷化
など

 

かつては「大げさ」の一言で片付けられがちだった古文書の内容が、現実を目の当たりにして笑い事では済まされなくなったからだ。


歴史の記録には、我々の祖先が体験してきた貴重な記憶が詰まっている。

当連載では、それをやさしく紐解くことで、災害の今昔を学んでいきたい。

第四巻 富士山噴火~平安時代編~

 正月の風物詩「箱根駅伝」で最もスリリングなシーンは、山の神が走る往路の第五区であろう。

 

 目のくらみそうな急坂とカーブで繰り広げられるデッドヒートは、見ている方が苦しくなるほどの激しさ。昔から箱根が「天下の険」と呼ばれる理由がよくわかる。

 

 この急坂、実は富士山大噴火のお陰で生まれたのをご存知だろうか?

 

 

有史以来、初の大噴火は800年に起きた

 地震、津波、集中豪雨…。近年、日本を襲うハザードは数あれど、決して忘れちゃいけないのが火山である。中でも、噴火時の被害規模を考えて、絶対に無視できないのが富士山だ。

 

 有史以来、初めて富士山が大噴火したのは平安時代になったばかりの800年である。それまでも、噴火口から煙はたなびいており、まるで現代の桜島のような姿ではあったが、大きな噴火活動はなかった(文献で確認できる活動の初見は781年)。

 800年に起きた大噴火は、約1カ月間続き、地域一帯の太陽を隠すほどの噴煙があがった。しかし、実害は火山灰が降った程度で規模にしてみれば大したことはない。ただ、これで終わらないのが、活発な活火山の怖いところである。

 

 2年後の802年1月。富士山は、本格的な噴火を起こし、このとき発生した火砕流は、古代の幹線道路を塞いでしまった。当時の主な交通路は富士山の東側を走る足柄ルートである。それが、降り注ぐ火砕流や火山礫によって完全に埋没。東と西を結ぶ要所が不通となってしまったのだ。

 時折しも、朝廷は、東北の蝦夷(えみし)と戦争の真っ最中だった。兵員や物資を送るための当時の「東海道」が封鎖されては国の一大事である。そのため噴火からわずか4カ月後には、突貫工事で箱根の峠道を開通させた。

 

 この箱根ルート、当初の予定では、あくまで「仮設」扱いだったと想像できる。なぜなら峠道は、従来の足柄ルートに比べてあまりに勾配がキツく、物資を運ぶにしても、人が歩くにしても、とにかく不便で仕方がなかった。

 いずれは元のルートに戻そう。そんな風に朝廷が考えてもなんら不思議はない。というより、むしろそうした方が普通だ。

 

 

 

富士五湖を形成するほどの威力

 しかし、864年のことだ。富士山はまたもや大噴火を起こした。

 今度の火砕流はさらに規模が大きく、山中湖や河口湖などの富士五湖や、樹海を形成するなど、周囲の地形を変えるほどの威力だった。我々の祖先も、これにはよほど肝を冷やしたのであろう。以来、東西を結ぶ東海道のメインルートは、自然に「箱根」と固定化されていった。

 

 そこでふとアタマに浮かんでくるのは、津波を恐れて内陸へ移り住んだ古代の東北住民たちである(◆3/13掲載◆第二巻 千年に一度の大震災 平安時代の東北を襲った貞観地震)。

 

 平安時代、千年に一度と言われる貞観地震・津波に襲われた東北の住民たちは、それを機に移住を始め、以来、奥州では沿岸部よりも内陸部で都市や交通の発展を遂げてきた。それが正しかったのは、不幸にも東日本大震災が起きたことで証明されてしまった。

 結局、自然を畏れ敬ってライフスタイルを変えるということは、正しい選択なのであろう。

 

 

 それゆえに、筆者は富士山に対して、少なからず不安を覚えてしまう。

 

 せっかく古代人が箱根ルートを開拓してくれたのに、現在我々は、かつて火砕流に巻き込まれた古代の足柄ルート近くに、東西を結ぶ大動脈「東名高速道路」を通らせているのである。そこにもし噴火が起きたら、どんな惨事となるだろう。車両事故や死傷者などの直接的な被害だけでなく、長期に渡って国内の流通システムはガタガタになってしまうハズだ。

 

 我々はいつからか、古代の記憶を失ってしまったのかもしれない。

 

 

 

竹取物語は富士山から生まれた!?

 一連の富士山噴火が産んだ“副産物”についても少し触れてみたい。

 かぐや姫で知られる『竹取物語』だ。

 

 古代の地震研究に取り組む保立道久・東大史料編纂所教授は、『竹取物語』が成立した9世紀が、日本史上、各地で火山噴火が盛んな時代だったとして、同物語との関係性を指摘している。つまり、竹取物語は、富士山噴火とその信仰から生まれたのではないかと提言しているのである。

 

 たとえば、かぐや姫の「かぐ」とは、日本神話で女神イザナミを燃やし殺した火の神カグツチのことで、火山の神から連想されていると指摘。

 イザナギとイザナミのように、自然現象から生まれた神話の例は枚挙にいとまがないが、筆者不明の竹取物語がその一つである可能性は否定できない。実際、同物語のフィナーレでは、おじいさん、おばあさんが不老不死の薬を富士山の山頂で燃やし、煙りをたなびかせるシーンで終わっている。

 

 面白いのは、864年の大噴火のあと、富士山の山頂付近に「石の神殿」が突然現れたことであろう。

 これは噴火で偶然できた溶岩ドームなのだが、当時の人々が神と崇めることは、ごく自然なこと。火山噴火に畏れを抱きながら、かぐや姫のような物語も次々に想像していく。

 

 テクノロジーは未熟でも、古代人の心の豊かさには、現代人の我々も見習うところがありそうだ。

 

 

 

文・恵美嘉樹(えみよしき)
作家。歴史研究の最前線の成果を社会に還元する二人組。
著書に『全国「一の宮」徹底ガイド』(PHP文庫)、『最新日本古代史の謎』(学研)など。


参考文献
『かぐや姫と王権神話「竹取物語」・天皇・火山神話』(著・保立道久/洋泉社歴史新書)

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