• 防災知識

真に学ぶべき教訓は実体験にある

 想定外の巨大地震。一通りの防災知識は身につけたつもりでも、体験なき者にはリアルにその状況を想像することすら難しい。

『本当の教訓』は、たいてい教科書には載っていない。我々が知っている知識は、その時どれだけ役に立つものなのか?

 

 この連載では、ベストセラー『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』、『ふたたび、ここから』を執筆したジャーナリスト池上正樹とフォトジャーナリスト加藤順子が、実際に被災地を取材する中で感じた、さまざまな「被災地のリアル」を伝える。

そこから「被災するという事」をリアルに感じ、その日のために大切な教訓を学びとってほしい。

 

第6回 避難誘導のリアル

『夢と魔法の国』で大地震!?

 いやはや、今回も深く考えさせられるケーススタディだ。例えば、こんなシーンを想像してほしい。

 

 あなたは、世界最高のアトラクションと世界最高のホスピタリティを持つスタッフ、そして当然ながら世界最高の安全性を誇る某『夢と魔法の国』に遊びにきた。

 

しかし突如、巨大地震が発生。

間髪を置かずスマホの防災情報アプリからは『大津波警報』のアラートが……。

 

「ここは、あわてて逃げたりしちゃいかん。パニックになるからな。

それより近くにいるスタッフにどうすればよいか聞いて、その指示に従おう。」

 

 と、まわりを見渡したが、あいにくとスタッフの姿は見当たらない。(世界最高のホスピタリティを持つ『夢と魔法の国』にそんなことは起こりえないのかもしれないが、世の中100%大丈夫ってことはないので、一応、仮のお話しとして…)

 

やや、パニック気味に走り出しているお客さんもいれば、スタッフからの指示がまだないので、「大丈夫」とたかをくくって、その場で楽しく談笑しているだけのお客さんもいる。

 

 さあ、こんな時、あなたならどんな行動を取りますか?

 

ホテル、アミューズメントパーク、レストラン、ターミナル駅、…。

今回は「避難誘導のリアル」を考えよう。

釜石のホテルマルエ

 被災地の取材を続けていて意外と大変なのは、宿探しだ。

今でこそ繁忙期を除けば目的地の近くで宿泊できるようになったが、当初は本当に宿がなく、苦労続きだった。

普段だったら滅多に出会わないような古い民宿や温泉宿なども利用した。

 

 数々泊まったなかで特に忘れられないのが、釜石の「ホテルマルエ」だ。

2011年の11月、私たちは運良く、営業を再開したばかりの頃に予約が取れた。

 

 マルエは、釜石駅から甲子川を挟んだ住宅街の中に建つ。川越しには新日本製鐵の釜石製鉄所が見え、生き物のように煙突からもくもくと立ち上る白い煙が、この街を力づける証のようだった。

 

 ホテルでチェックインを終えて部屋に行こうとエレベーターホールに立ったとき、思わずぎょっとした。

ご確認をお願いします

◇  ◇  ◇

 

【ご確認をお願いします】

 

津波指定避難場所は釜石小学校となっております。

 

地震から津波まで約30分、避難所まで徒歩約5分です。(海からホテルまで直線で約1km)

津波から大津波警報が発令された場合、速やかに非難されるようお願い致します。

 

従業員は館内のお客様の有無を確認いたしますが、避難所までの誘導は時間的猶予がない場合がございます。

 

◇  ◇  ◇

 

 そう書いた紙が貼ってあったのだ。東日本大震災の浸水域と、裏山の坂から釜石小に行くまでの津波避難地図も載っている。

何て現実的で説得力のある案内だろう。同じ紙は、エレベーターの中にもあり、部屋の中にも目立つように置かれていた。

津波てんでんこ

 ここはなんといっても、子どもやお年寄りが「津波てんでんこ」を実践し、多くの人たちが自分の身を守る“奇跡”を起こした釜石だ。

ホテルの従業員の防災意識も、実践的だとしても不思議ではない。

刻々と津波の脅威が迫っている時に、大勢の宿泊客の避難誘導などできっこないのは、当たり前の話だと納得した。

 

 東日本大震災で、津波はホテルの建つ海抜4メートルの場所にもやってきて、1階が腰の高さくらいまで浸水した。当時の様子をマルエの小林潤支配人はこう振り返る。

 

「ここはハザードマップ内でしたので、まずはみんなで駐車場に避難しました。私は恥ずかしながら“津波は来ない”と思っていたものですから、避難所である小学校には行かず、屋上に逃げることになりました」

 

 小林支配人によると、もともと釜石では、地震発生から30分で津波が来るとされていたという。このことから、同ホテルでは震災前からも「客が自分で逃げる」方針をとっていた。

だが震災前は、客室の目立たないところに、避難経路の案内を置いているだけだった。

経験から得られる真の教訓

 これまでに想像していた避難方法では、間に合わないのではないか。震災後、ホテルの再開を目指して従業員が集まったとき、改めて皆で話し合った。

 

「南三陸町のような10メートルを超える高さの津波が釜石に来ていれば、もっと深刻なことになる。屋上にお客様が全員入れるかわからないし、たとえ屋上で助かっても孤立してしまう。ならば確かな陸地の方に避難してもらったほうがいい、という話になりました」(小林支配人)

 

 大災害は、スタッフの手薄な夜間に起こるかもしれない。館内を見回って、全てのお客様に危機を伝えたり、避難場所まで誘導したりすることは不可能に近い。

 

 そこで、これまでの避難経路の案内を書き換え、「ご確認お願いします」として目立つところに貼り出した。決して、責任回避や自己責任論からくるアリバイ作りの表示ではない。ホテルにとっての「対応力」の限界と、宿泊客にとって最も安全な選択肢を示して、避難達成を目指すものだ。

 

 東日本大震災の経験から教訓を得るというのは、こういう対策をいうのだろうと思う。これまで、東日本大震災の大津波で浸水した宿泊施設をいくつか利用したが、避難経路の案内を誰にでも分かるようにしていたのは、このマルエだけだ。

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